~世界中が、日本酒で“KANPAI”!「南部美人」の名物社長が語る~
1902年に東北地方・岩手県二戸市で酒造りを始めた南部美人。
2022年秋、創業120周年記念パーティーが開催されました。日本各地から日本酒業界関係者を中心に約600名が集結。
日本酒好きなら知らぬ人はいない熱き社長、久慈浩介氏の30分間に及ぶ渾身のスピーチは、聴衆の魂を震わせました。
【第1部】南部美人の歩み、久慈家に流れる熱き血
<紋付き袴姿で堂々たるスピーチを披露する浩介社長>
南部美人は50か国以上に輸出し、その名声は今や世界中に轟いています。
人口3万人弱という小さな町から、グローバルに快進撃を続ける南部美人の久慈社長にお話を伺いました。
■先代の父、次代の息子と共に、何としても記念式典を実現したかった
<(左から)4代目・浩さん、5代目・浩介さん、6代目・太陽さん>
― 2022年は創業120周年という大きな節目の年でしたね。私もご招待いただいた記念パーティーは大盛況で素晴らしかったです!
― パーティーは110周年である2012年にも企画していたのですが、2011年の東日本大震災のために断念したという経緯があります。今回もコロナ禍で開催が危ぶまれました。でも、どうしても先代の社長である父、そして息子と共に同じステージに立ち、お世話になっている皆さんにお礼を言いたいとの一心で無事に式典を実現でき感無量です。
― 参加者の皆さんが口々に話していたのが、久慈社長のスピーチの熱さでした。
― あの日のスピーチには私の「ありったけの想い」が込もっています。私は5代目ですが、南部美人の120年に及ぶ道のりは決して平坦ではありませんでした。初代の家訓「品質一筋」を代々守り抜いたからこそ今があるのだと思っています。6代目となる息子は醸造学科で勉強中ですが、これ迄に築き上げた「信頼」を土台に、自分に合ったやり方で南部美人の伝統を受け継いでいって欲しいですね。
■南部美人は「借地・借家・借金」でのスタートだった
<セピア色の写真が、南部美人の歴史の重みを物語る>
― ではまず南部美人の歩みについてお聞かせ下さい。
― 初代は醤油醸造を営む家の末っ子として誕生しました。当時は豪商や地主など裕福な酒蔵が大半でしたが、初代は「借地・借家・借金」をして酒造業を始めたのです。しかし初代は早くに他界したため、妻が2代目に就任しました。子育てをしながらの酒造りは並大抵の苦労ではなかったと思います。
― 「南部美人」という銘柄が生まれたのはいつですか?
― 1951年です。米不足で精米技術も発達していなかった時代ながら、「綺麗で美しい酒」を造りたいとの願いを込め3代目が誕生させました。
■将来の夢は教師だった思春期、訪れたアメリカで南部美人の価値に開眼
<(左より)赤ちゃん時代の5代目・浩介さん、4代目の浩さん>
― 久慈社長は4代目のご長男として生まれましたが、跡を継ごうと子供の頃から思っていたのでしょうか?
― いいえ全く。実は思春期の頃は、酒蔵と家が一緒なのがとても苦痛だったというのが本音です。客の出入りが多くプライバシーはゼロ。将来の夢は学校の教師でした。
― それでは酒造りをしようと思い始めたきっかけは?
― 高校時代アメリカのホームステイ先で、持って行ったお酒が絶賛されたことです。「こんな素晴らしい伝統を守らないでどうするんだ!」との一言に目が覚めました。その後、大学は醸造学科に進学し、発酵学の第一人者・小泉武夫先生のもと、どんどん酒造りの奥深さにのめり込んでいきました。
【第2部】南部美人の革新、世界への挑戦
<輸出先の50以上の国旗でデコレーションされた酒樽は、まるで地球>
■マイナス30℃の液体で、搾りたてのフレッシュな生酒を瞬間冷凍
< 「生まれたままの味を記憶」させることに、世界で初めて成功した生酒>
― 久慈社長は革新的な取り組みに次々と挑戦されていますが、個人的にとても驚いたのが「スーパーフローズン」の生酒でした。
― 生酒とは加熱処理をしないお酒のことですが、これには大きな課題がありました。それは冷蔵保存しても時と共に必ず風味が落ちてしまうというものです。
搾ったばかりの生酒は世界一美味しいお酒です。しかし時間経過による劣化リスクを考え、生酒の販売は積極的にしてきませんでした。
そんな課題を解決してくれたのが、画期的な技術「スーパーフローズン」でした。
マイナス30℃の液体で急速冷凍することで、生まれたままの味を最高の状態に保つことが可能となったのです。
これにより世界中の方々に究極のフレッシュな生酒を届けることができるという未来が見えてきて、とてもワクワクしています。
■日本酒輸出協会に参画、「コーシャ」や「ヴィーガン」などの認証取得でさらなる世界展開を
― “世界”というのは久慈社長にとって重要なテーマという印象があります。
― 私は学生時代から「南部美人を世界に広めたい」という想いを持っていました。しかし自分一人でやれることには限界があります。
そんな時、転機となったのが「日本酒輸出協会」への参画でした。協会の会員達が一丸となり、欧米やアジアでセミナーや試飲イベントを行なうという活動を地道に続けた結果、確実に普及が進みました。
― その“世界”への想いのために国際認証の取得にも熱心ですよね。
< ユダヤ教の教義に厳格に従った安全な食品である証「コーシャ」>
― 世界には様々な宗教があり、中には特定の食品の摂取を禁じているものもあります。
こうした宗教や食の禁忌という壁を越えて日本酒を提案すれば、より多くの方々に安心して飲んでもらえるのではと思ったのです。
まず取り組んだのが、ユダヤ教徒の食の規律「コーシャ」の認証でした。中国を始め海外で人気の高い「獺祭」の旭酒造が取得したことを知り、私もそれに倣いました。
次に取得したのは完全菜食主義者「ヴィーガン」の認証です。
さらに、遺伝子組み換えの食品を使っていないことを証明する「Non-GMO」も日本酒とリキュール類で取得しました。日本酒とリキュールでNon-GMOとヴィーガンの認証を受けたのは南部美人が初めてだと聞いています。
< 「Non-GMO」の認定書を掲げる浩介社長>
日本酒全体の輸出も高品質の商品を中心に順調に増え続けています。
日本酒輸出協会が発足した翌年の1998年の輸出額は34億円でしたが、2021年にはその10倍以上となる400億円を超えました。
■「和食」の無形文化遺産登録で日本料理店が急増、将来は“南極大陸”にも南部美人を届けたい
― 20年余りで10倍以上に増えているんですね!確か2021年の輸出額は1位が中国、そしてアメリカ、香港と続いています。
ー「和食」が2013年にユネスコの無形文化遺産に登録された影響も、強力な追い風になったと思います。世界中に日本食レストランが増えており、それに伴い日本酒の販路が急増しました。
今後はアフリカや南米にも日本酒を更に広めていき、いずれは南極大陸でも南部美人を飲んでもらえる時代にしたいですね。
【第3部】南部美人の未来、世界一の”その先”
■「究極のテロワール」を誇る特別純米酒が、世界の頂点に
<2017年のIWCで、世界No.1という栄誉に輝いた南部美人>
― 南部美人は2017年に見事「世界一」という快挙を達成されましたね。
― ロンドンで開催された「インターナショナルワインチャレンジ(IWC)」で「南部美人特別純米酒」がチャンピオンサケに選ばれました。
― IWCというと世界的に最も権威ある審査会ですね。
― 元々IWCはワインコンテストでしたが、2007年に日本酒部門が創設されました。
2017年の日本酒部門には1245銘柄がエントリーしたのですが、その頂点に立ったのが南部美人特別純米酒でした。
この酒は、地元・二戸市の農家が丹精込めて栽培した岩手県オリジナルの酒米「ぎんおとめ」と、二戸の折爪馬仙峡(おりづめばせんきょう)の清らかな伏流水を使っています。
人口が3万人にも満たない町の総力が結集した“メイドイン二戸”の酒が世界一の称号を得たのです。「究極のテロワール」が海外で認められたということで、町全体が歓喜の渦に包まれました。
■スパークリング日本酒で、「世界中が、日本酒で“KANPAI”」する未来を実現
<シャンパンと異なりドサージュ(補糖)ゼロ、甘さを抑えた繊細でドライな味わいに>
― 世界一を達成した南部美人にとって、次なる未来への挑戦はどういったものでしょうか?
― 今の目標は「世界中が、日本酒で“KANPAI”」です。その鍵を握る存在が「AWA SAKE」だと考えています。
― 「AWA SAKE」というとスパークリングタイプの日本酒ですね。
― スパークリング日本酒には幾つかの製法があるのですが、AWA SAKEはシャンパンと同様の瓶内二次発酵の手法で造られています。
欧米の高級レストランでは乾杯の時にシャンパンなどスパークリングワインを飲むのが定番です。日本酒にも乾杯酒に適した発泡性のものがあれば、もっと海外で日本酒を飲まれるシーンが増えるのではないかとずっと思っていました。
■特許取得済みの製造方法を公開してくれた盟友の男気と英断
― 日本酒で瓶内二次発酵というのは技術的に難しいのでしょうか?
― シャンパンのように透明な色と高いガス圧を両立するのは、日本酒では極めて困難とされていました。
そんな中、いち早く独自で製造方法を確立したのが「水芭蕉」の醸造元・永井酒造でした。なんと永井則吉社長は自社の利益ではなく“日本酒業界の未来”を第一に考え、特許を取っていた製造方法のノウハウを惜しげもなく共有してくれたのです。
永井社長の男気溢れる決断には心底惚れました。
― その技術のもと醸した「南部美人 あわさけ スパークリング」は数々の受賞歴を誇っていますね。
<市販されている日本酒のみをブラインドで審査する、SAKE COMPETITION>
― 「SAKE COMPETITION」という主要コンテストで、2年連続で発泡清酒部門1位を獲得しています。心地良い吟醸香と優しい口当たり、スパークリングの爽やかさもありながら、後味にしっかり米の旨味が残る絶妙なバランスが高く評価されました。
ー ありがとうございます。では最後にメッセージをお願いします。
ー 日本酒は古くより「技術」と「心」を継承してきており、歌舞伎や能と同じように日本を象徴する文化だと思っています。
この伝統文化を受け継ぐ家に生まれた者として、酒造りの魂を未来に伝えるべく、365日24時間「南部美人の久慈浩介」として全力を尽くしていきたいですね。
【取材を終えて】
久慈浩介社長は、日本酒業界のリーダー的存在。あまりにも有名で「雲の上」のような存在だったので、初めてお会いした時には心臓がバクバクだったことを今も覚えています。
ポジティブな思考と持ち前の行動力で、常にブランド力の強化と酒質のさらなる向上を目指す浩介社長。初めての著作「日本酒で“KANPAI” 岩手から海外進出を果たした『南部美人』革新の軌跡」も必読です。前向きな気持ちにさせてくれること間違いなしの”胸アツ”な一冊です。
<中国語版公開日>2023年1月
<記事制作>美酒企画代表取締役 柴田亜矢子